バーナード・レイトナー編/磯崎新訳 青土社 2008年 184P
1989年刊行書の復刊
新版のための訳者あとがき
はじめてこの建物の前に立ったのは一九六八年のこと。ミラノで五月革命の余波にまきこまれ、パリへは行けずウィーンを廻った。このときハンス・ホラインがストンボロウ邸が売りに出されているといって一緒に見に行った。勿論なかには入れてくれなかった。
しばらくして、ジョナス・メカスの『リトアニアへの旅の追憶』(一九七二)にその内部の光景が記録されていることが話題になった。私は見る機会がなかった。それでもバラバラの情報があったのか、私は『表現の構造について』(『岩波講座 文学1文学表現とはどのような行為か』一九七五、岩波書店)でウィトゲンシュタインの「いえのかたちをした論理」について書いた。
その参考のためだったかどうか、前後の記憶がおぼつかないけど、この『ウィトゲンシュタインの建築』の逐語訳をしてあった。それが多木浩二さんの手に渡って、十年余りのちにこの本になった。そのあたりのことは、『栖(すみか)十二』(一九九九、住まいの図書館出版局)のなかの第八信「ストンボロウ邸」のなかでふれてある。
いまでは『建築家・ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン』(Ludwig Wittegenstein, Architect by Paul Wijdeveld, The MIT Press,1994)など、数多くの研究書があらわれている。だか、このバーナード・レイトナーの本が出版されたときの清冽な印象をこえるものはまだない、と私は思う。誰もが引用する『論理哲学論考』の箴言、「―およそ語られうることは、あきらかに語られうる。そして語りえないことがらについては沈黙しなければならない。」を、そっくり本のかたちにしているからだ。正確な図面と写真だけがあって、余分なものがいっさいはぶかれている。そんなわけでこの「あとがき」も無用だと思うけど、四〇年前にうすよごれた箱型の物体を見上げたときの記憶に免じて蛇足をお許し願いたい。
二〇〇八年五月 磯崎新(あとがきより)
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